おーぷんNEWS ホーム » スポンサー広告 » 韓国 »文藝春秋SPECIAL、「韓国人にとって『反日』とは『道徳』なのである - 在韓ジャーナリスト 竹嶋渉」 [06/03]

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1: これをピンチと言わずして◆aoV9UPlvFw 2014/06/03(火)13:17:05 ID:FZUHLCkY9

<テーマ:ナショナリズムの衝突は回避できるのか>

道徳だから異議を唱えることなど許されない 「反日無罪」の論理に日本人はどう立ち向かうべきか

在韓ジャーナリスト 竹嶋渉

「反日」に反対する者は「正気」ではない

実は、韓国人が自らの反日感情や反日行動を指して、「反日」と呼ぶことは稀である。大抵の場合、「民族感情」「国民感情」と呼ぶ。
韓国語の「反日(パニル)」という語彙には「日本に対する敵対感情・敵対行動」という意味合いがある。ところが、韓国人は自らの
反日感情が日本に対する「敵愾心」に基づくものだとは思っていない(思いたがらない)。実際はそうなのだと指摘すると怒り出す
ことも多い。韓国人にしてみれば、自らの反日感情は日本の侵略に対する崇高な怒りであり、人間的にも当然な感情であり、
かつ極めて道徳的なものであり、「敵愾心」などに基づくものではない、ということになる。
だから、敢えて「反日感情」とは言わず、
「民族感情」「国民感情」という語彙が用いられているのである。

韓国で「民族感情」「国民感情」という用語が用いられている理由はもう一つある。「反日感情」は国民や民族が等しく共有すべき
「道徳」である、
という強固な思い込みである。だから、反日感情に基づく言説に少しでも異議を唱える者は反道徳的であり、
「民族」「国民」ではなく、「民族反逆者」「非国民」である、ということになる。そうした者は韓国では「売国奴」「親日派(売国奴とほぼ同義)」
として徹底的に糾弾され、社会的に抹殺される。そのため、韓国では反日感情には何らの批判も加えられない。日本については何を
言おうと言いたい放題で、どこからも文句をつけられない。まさに「愛国無罪」ならぬ「反日無罪」状態
なのである。こうした健全な批判
のない土壌に健全な言説が育つ余地などあろうはずがない。そのため、年を追うごとに反日感情は過激さの度合いを増し、
反日行動は奇矯さの度合いを増す、ということになる。ちなみに、韓国ではこうした「国民感情」「反日感情」を基盤とした国粋主義
(としか言いようがない)を「民族正気(「精気」とも書く)」などという崇高な用語で呼んでいる。
つまり、これに反する言動を取る者は
「正気」ではない、
ということである。そうした意味で韓国の反日は原理主義的で、一切の妥協的解釈を許さない。

抜粋以下ソース
http://blogos.com/article/87265/


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